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とあるファッションモデルが「白は200色ある」と言い放った。
ならば問いたい。
「ピンクは何色あるのか」と。
私の脳内は今、その200色どころではない桃色のグラデーションに支配されている。
「乙女の柔肌のようなピンク」から、「深夜の歌舞伎町で光る いかがわしいピンク」あるいは「アマゾンの奥地で遭遇したら、即座に遺書を書くレベルの毒キノコのようなピンク」まで。私の脳はあらゆる桃色に激しくシェイクされ続けている。
最初は単なる偶然だと思っていた。
たまたま手に取った作品の、たまたま気に入ったキャラが、たまたまみんな桃色の頭髪をなびかせていただけだと。だが、ある日「推しリスト」を眺めてみて、私は己の血の凍るような真実に戦慄した。
私の「推しリスト」は、もはや春の訪れを告げる河津桜の並木道か、あるいはカービィの口の内部のごとく、見事なまでの「ピンク1色」だったのである。
「性格で選んでいる」はずだった。
勇気ある少女、泥臭く努力する可愛い系アイドル、あるいは絶妙に抜けた女子高生。その多様な内面に惹かれているのだと信じていた。しかし、バラバラなはずの彼女たちの共通項をDNAレベルまで遡って解析した結果、行き着いた答えは「魂」ではなく、
「毛根の色彩」だった。
私は果たして、彼女たちの魂を愛しているのか? それとも、進化の過程で「ピンク」を最優先事項としてインプットされてしまった悲しきクリーチャーなのか?
例えば、ピンクで好きなキャラクターとして最初に思い浮かぶのは「後藤ひとり」だ。女子高生がバンド活動を頑張るアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」の主人公である。

彼女の、「人と目が合うだけで体内の全細胞が爆発四散するのではないか」と危惧させるほどの圧倒的な対人恐怖、前に進もうと努力するひたむきな思い。
それら「魂の叫び」に私はひどく共感し、ギターをかき鳴らす姿に目頭を熱くした……はずだった。
しかし、冷静になって自問自答してみる。もし、彼女の髪が漆黒の黒髪や、知性溢れるブルーだったとしたら。
いっそのことハゲだったとしたら?
私はこれほどまでに彼女に執着しただろうか?
否。
激しく否である。
さすがの私といえども、女子ハゲ高生に執着できる自信はミジンコほどもない。
明らかに未完成のまま世に放たれたソフトウェアを前にしたユーザーのような顔で、「これはβ版ですか」とキャラクターデザイナーに直談判していたはずだ。
だが、もし彼女がハゲていたとしても、その「つるつるの頭皮」が蛍光ピンクに塗装されていたとしたら?
「おお、これこそが不純物を一切排除した、純度100%・天然由来のピンクの源泉か」とか
「もはや余計な有機物(毛根)にリソースを割くのは非効率。これからの時代、ピンクは『面』で捉えるべきであり、個々の毛根は不要である」などと言えるだろうか。
1つ断言できるのは、全人類の歴史において「毛根が不要」だった瞬間など、ただの1秒も存在しないということだ。
もし本当に不要なら、なぜ人類は多額の札束を積んでまで死にゆく毛根を延命させようとし、不毛の地に新たな苗(植毛)を植え続けようとするのか。毛根とは、命の灯火そのものなのだ。
後藤ひとりのつるつるピンクは、もはや「ピンク髪キャラ」ではなく、ただの「派手な事故物件」である。
それはバンドアニメなどではなく、失われた毛根を求めて彷徨う、涙なしには見られない「終末医療ドキュメンタリー」へと変貌していたはずだ。
ということはやはり毛根が重要なのか。私の脳は、彼女の不憫なエピソードを読み解くよりも早く、「ピンク色の視覚的快楽」に、条件反射でスタンディングオベーションを送っていたのではないか。
さらに性質(たち)が悪いことに、私の認識は「赤」や「茶」にまで侵食を始めている。

D4DJという作品に登場する「大鳴門むに」。肩につかまっている猫は「にょちお」である。
このキャラクターに、特に髪に、ピンク要素が極めて少ないことは私も重々承知している。
「このキャラは茶髪じゃないか」という、弁護士をつけても覆せない真っ当な指摘も星の数ほど送られてくるに違いない。
しかし、私の中の悪魔は食い気味に、怒号に近い勢いで反論する。
「これは光の加減によってはピンクに見える、いわば『シュレーディンガーのピンク』である」と。
天使はというと、「これはピンクではありませんよ。しいて言えばオフピンクですわ」と。
肝心の私は、
「黙れ、これはピンクだ」
もはや色の定義などどうでもいい。私の網膜が「桃色の成分」を1ミリグラムでも検知したならば、それは私の領土(テリトリー)なのだ。
そして、その領土拡大の野心はピンクの枠を軽々と超え、今や隣国である「赤」へ、そして「茶」への武力侵攻を開始している。
このペースで汚染が進めば、いずれは青や緑までもが私の脳内で「……これも実質、寒色系のピンクなのでは?」と強制的に再定義される日が来るだろう。
もはや病気なのか。
医者も匙を投げる、メンタル由来の後天的セルフ色覚異常。
眼科か、脳外科か、はたまた精神科か。もはやどの科を受診するのが正解なのかも判然としない。
しかし、意を決して精神科の門を叩き、「先生、私の頭の中、ピンク1色なんです」などと告白した日には、最悪の結末が待っている。 担当医のカルテには、慈愛に満ちた眼差しとともにこう記されるに違いない。
「18禁ピンク脳。特定の色素にのみドーパミンを全噴射する、生存戦略を放棄した個体」と。
違うんだ、先生。私の脳は卑猥な妄想に支配されているのではない。 ただ、純粋に、あまりに純粋すぎるほどに、「可視光線の波長」に脳を破壊されているだけなんだ。18禁は好きだけど。
もはや重症と言わざるを得ないが、最近ではキャラクター本人の毛根が何色であるかは、二の次の問題になりつつある。
例えば、夕焼けに染まる教室。桜が舞い散る通学路。桜でんぶ。ガリ。
画面全体がピンク色のフィルターに支配された瞬間、私の脳内にある「推しセンサー」は、対象が黒髪であろうと金髪であろうと、狂ったように針を振り切ってしまう。
ちなみに、ハゲ頭でもわずかに振れる。
キャラクターという「個」を愛しているはずが、いつの間にか「ピンクという空間」そのものに安らぎを覚える、環境依存型の色彩中毒者(カラー・ジャンキー)へと退化したのだ。
おそらく、私の血液を調べれば、赤血球の合間に数パーセントの『桃血球』が混じっているに違いない。そうでなければ、これほどまでにピンクを求めて彷徨う生存本能に説明がつかない。
しかし、ここで奇妙な事実を突きつけられることになる。
私の自室を見渡してみれば、そこは黒を基調とした、驚くほどストイックな空間なのだ。どこにも桃色の気配はない。私は自分の「ピンク欲」を、あたかも隠れキリシタンのように内面にのみ封じ込め、社会性を保っている……はずだった。
だが、過去のピースを繋ぎ合わせると、隠しきれない業(ごう)がボロボロとこぼれ落ちてくる。
思えば中学生のころ、私はピンク色のラメが散りばめられた腕時計を購入しようという、当時の男子中学生としてはあまりにアグレッシブかつ反社会的な選択をしようとして親に全力で止められた。
あれは、私の「ピンク本能」が初めて社会の鉄槌を食らった瞬間だった。
今となっては、親の判断は「英断」であったと言わざるを得ない。
もしあの時ピンクの腕時計を許されていたら、今の私は全身ピンクのスーツを纏い、自らを「桃色の妖精」と自称しながら隙あらば他人の視界にピンク色のノイズを叩き込む、正体不明の不審者へと変貌を遂げていた可能性すらあるのだから。
その後、ピンクを抑圧された反動はデジタルの海で一気に爆発した。
ゲームの世界で「キャラクリ」という神の自由を手に入れた瞬間、私の分身は例外なくピンクの髪をなびかせることになったのである。現実の私が地味な黒髪で社会に擬態すればするほど、画面の中の私は「桃色の化身」として高らかに産声を上げた。
さらに、私のピンク汚染は「持ち物」にまでその触手を伸ばしていく。
かつてスマホケースをピンク色に染めていた時期があったのも、今思えば必然だった。周囲には「いや、これは赤寄りのマゼンタだから」と見苦しい言い訳をしていたが、私の魂は、手のひらから伝わる桃色の温もりに、確かな安らぎを覚えていたのだ。
しかし、世間はそんな私を放っておいてはくれない。
かつて『ハンゲーム』のお絵描きの森で、何気なく人物の髪をピンクに塗った際、同席していた見知らぬプレイヤーに「ピンクwww」と草を生やされた記憶が蘇る。彼らにとって、それは単なる「悪ふざけ」に見えたのだろう。
だが、画面越しに唇を噛み締めていた私にとっては、それこそが「真実の色彩(トゥルー・カラー)」だったのである。多勢に無勢。私の聖域は、ネットの荒波によって失笑の渦へと沈められた。
だが、そんな屈辱の歴史を経て、私の「ピンク欲」はついに究極の形態へと進化を遂げる。
今、あなたが読んでいるこのサイトのアクセントカラーを見てほしい。
カラーコードは ■#b17ccc 。
■#b17ccc。この絶妙な紫がかったピンクに辿り着くまでに、私はどれほどの時間を無駄にしただろうか。仕事で使う資料作りなど比較にならない。このコードを確定させた瞬間、私の脳細胞はビッグバン級の活性化を遂げていた。
そう、私は自室を黒く塗りつぶして冷静さを装いながら、デジタル世界の自分の居場所だけは、しっかりと、そしてねっとりと、ピンク色でコーティングしているのである。
ここで誤解しないでいただきたいのは、私は決して「ピンクなら何でもいい」という、色彩の亡者ではないということだ。
「今更こいつは何を言っているんだ?」という冷ややかな視線が飛んでくるのは百も承知だが、ひとまず聞いてほしい。
何よりも大切なのは、そのキャラクターの生き様であり、造形であり、魂の輝きである。ピンク髪でなくても、私の魂を震わせる魅力的なキャラクターは、この銀河に星の数ほど存在する。
ピンクは、料理で言えば「スパイス」のようなものだ。……いや、スパイスと言うにはあまりに劇物すぎる。
「素材(性格)の味が最高なのは大前提。だがそこに『ピンク』という劇薬をぶっかけられたら、もう、抗う間もなく死ぬしかない」
これが私の、あまりに無防備で、あまりに一貫性のない、愛の断末魔である。
結局のところ、私にとってピンク髪とは、いや、「ピンク」とは何なのだろうか。
癒やしか、情熱か、それとも網膜に発生した不治のバグか。
あるいは、単に私の運命の糸が、最初から桃色に染まっていただけなのか。
正直、ピンクのキャラクターを見ると私の脳内判定はガバガバになる。
「この子、絶対いい子!性格とか設定とか1文字も読んでないけど、ピンクだから!」と、ガバガバな判定を下し注目してしまうのだ。
中身を確認する前にパッケージの色だけで「人類の至宝」のラベルを貼ってしまうこの行為は、果たして「愛」と呼べるのだろうか。もはや「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ愛」である。
色々考えてみたところで、200色あるピンクのどれを見ても私は結局『イイ……』と語彙力を失うだけなのだ。なぜ私は、これほどまでに桃色の深淵に惹かれるのか。その答えは、自分の髪が「白」になるまで考えても出そうにない。
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