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知性0bit 現代社会傍観士1級
現代社会という名の、あまりにも高解像度で多機能すぎる、それでいて不条理なディストピアに馴染めず、現在は異世界転生という名の『大型アップデート』を待ちわびている不審な知的生命体です。

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ポケモン30周年をきっかけに初代からの記憶を辿ったら、懐かしいおもちゃと思い出の洪水に飲まれた

タイムラインを眺めていたら「ポケモン30周年」という、自分の加齢を突きつけられるような凶報……もとい、ニュースが飛び込んできた。

というのはもはや1か月前の話である。光の速さで執筆を終える予定だったのだが、気づいたら4月になってしまった。


話は戻るが、今やポケモンは日本が世界に誇る「キャラクタービジネス」の総本山であり、もはや宗教に近い。30年も君臨し続けるのは、純粋に驚異的なことだ。

それに加え、新作『ウィンド・ウェーブ』の発表に世間はひっくり返らんばかりのお祭り騒ぎだが、私は「へぇ、最近の洗剤みたいな名前だね」と、どこか遠い銀河の出来事のように受け止めた。

ポケモンというコンテンツは、とうの昔に私の人生という名のハードディスクから「アンインストール」したはずだったのだ。

しかし、ふとした拍子に記憶の蓋を半開きにしてしまったのが運の尽き。 そこには、ポケモンと共に駆け抜けた青春の残骸が、不法投棄でもされたのかというレベルで山積みになっていたのである。

私が最初に手にしたのは『緑』か『ピカチュウ』。もはや記憶は曖昧だが、『ピカチュウ版』が幼い私に「世の中の厳しさ」を叩き込んだことだけは鮮明に覚えている。

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/gb-pikachu/

画面内では可愛いピカチュウがテクテクと後ろをついてくる。電気ネズミの丸っこい尻を眺めてニヤついている、ただの純粋無垢な少年だったのだ。

しかし、事態は「トキワの森」で急変する。

相手はトランセル。こちらはピカチュウ。 楽勝かと思いきや、唯一の攻撃技「でんきショック」のPPが底をついた。

「かたくなる」で物理防御の限界突破を試み続けるトランセル。 対するは、悲しく響き渡る「なきごえ」しか出せない私のピカチュウ。 永遠に終わらない泥仕合。出口のない迷宮。どうしたらいいかわからない私。

画面内のピカチュウが「なきごえ」を上げれば、画面外の私もリアルな「泣き声」を上げて絶望していた。

当時の私は『わるあがき』という仕様も知らず、この森から一生出られない呪いにかかったのだと本気で信じ込み、ゲームボーイを握りしめたまま咽び泣いた。

これが私と理不尽な現実との、最初の出会いだった。

その後の最初のジム・タケシ戦でも、イワーク相手に成すすべなく叩きのめされた。初心者向けの導入にしては、あまりにハードボイルドな幕開けだったと言わざるを得ない。

ちなみに、今のスタイリッシュなピカチュウもいいが、当時の「大福みたいなフォルムのピカチュウ」が一番可愛いと今でも信じている。

64ソフト『ピカチュウげんきでちゅう』も私の精神を削り倒した一作として忘れられない。

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/64-genki/

専用マイクでピカチュウと意思疎通ができるという、当時としてはオーパーツ並みの画期的システムだった。だが、その愛くるしいパッケージの裏に隠されていたのは、「忍耐」という名の精神修行である。

とにかく、ピカチュウが私の言葉を理解しない。

序盤の「フシギダネのお使い」ですら、私にとっては国家プロジェクト級の難関だった。
「ピカチュウ、そっちじゃない!」「それ拾って!」と必死に指示を飛ばしても、画面内の彼は虚空を見つめたまま、鼻歌まじりに明後日の方向へスキップしていく。


それでも、ふとした瞬間に彼がこちらを振り返り、耳をぴょこんと動かして「ピカァ?」と小首を傾げるだけで、すべての怒りは霧散し、「もう一度だけ釣りに誘ってみようかな…」とコントローラーを握ってしまう。

マイクに向かってどれだけ愛を囁いても、彼の人工知能には届かない。
私はあの日、「叫んでも、囁いても、伝わらないものは伝わらない」というコミュニケーションの残酷な真理を、一匹の黄色いネズミから骨身に染みて学んだのだ。

『ポケモンスタジアム』は今でこそ「礎」だが、当時はなかなかの衝撃作だった。

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/64-stadium/

初の3Dグラフィックに感動したのも束の間、151匹中40匹しか使えないという衝撃のリストラ。残りの111体は、3D化の波に呑まれてオーキド博士の研究所に置き去りにされたのである。

出典:ゲームカタログ@wiki https://w.atwiki.jp/gcmatome/pages/2261.html

CPUは異様に強く、ボコボコにされた記憶しかない。トーナメントを勝ち抜くのも困難で、あまりプレイしなかった。

だが、この作品が流した「111体の血(リストラ)」と「小学生たちの涙」があったからこそ、後に神ゲーとなる『スタジアム2』や『金銀』という金字塔が打ち立てられたのだ。

出典:ゲームカタログ@wiki https://www.pokemon.co.jp/tv_movie/movie/1998/

ミュウツーの逆襲。ポケモン映画の原点にして金字塔。もちろん劇場へ足を運んだ。

サトシが石化し、ポケモンたちが涙を流すシーンは、今でも網膜に焼き付いている。

あの時、隣でポップコーンを食べていた少年もまた、涙で塩味が倍増していたことは言うまでもない。コピーと本物の対立なんていう重いテーマを、当時の私がどこまで理解していたかは謎だが、とにかく『泣くのが正解』な空気だけは察していた。

当時の私にとって、生活のすべてがポケモンだった。

ポケモンパンは、パンを食べているのかシールを集めているのか分からないほど買ってもらった。

お弁当箱、水筒、冷蔵庫、机。
何度も貼り直しができることをいいことに、視界に入るツルツルした面をすべてシールで埋め尽くしていた。

今もポケモンパンは売っている。のだが、知らないポケモンが増えすぎて、今シールを引いても「……誰?」となってしまうのが少し寂しい。

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/gbc-gs/

一方、野生のポケモンを「撮る」という平和的な名目の裏で、私のパパラッチ精神が爆発したのが『ポケモンスナップ』である。ポケモンが暮らす島でトロッコに乗って進みながら、ポケモンたちの肖像権を一切無視しシャッターを切りまくる。

だが、最高の1枚を撮るためのプロセスは、今考えればかなり過激だった。

リンゴを頭に直撃させて誘導し、笛を吹き鳴らして安眠を妨害。さらには、リザードを溶岩の中に突き落としてリザードンへと強制進化させるという、自然保護団体が黙っていないレベルの暴挙を繰り返していた。

「いい写真を撮るためなら、多少の犠牲は厭わない」。
そんな歪んだプロ意識を、私はこの南の島で培ってしまったのだ。

特筆すべきは、コンビニにカセットを持ち込めば、自分の撮った写真をシールとしてプリントできるという画期的なサービスだ。あの「物理的な思い出」が手元に残る感覚、今のSNSシェアとは違う良さがあった。

遊びはゲーム機の中だけに留まらない。
懐かしさMAXシリーズ、その1。絵の具を垂らしてホットプレートで焼いて固めるやつ。

ポケモンに限らず、狂ったように焼いた記憶がある。
窓ガラスや冷蔵庫、お風呂の壁。家中のツルツルした面をポケモンで埋め尽くすのが、当時の子供たちの「領土拡大」だった。

「メルヘンランド」とか「ペタペタ焼き」で検索するといろいろヒットするので、興味ある人は検索。

ポケモンピンボール

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/gbc-pp/
出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/gbc-pp/

当時はタイトルに『ポケモン』と付いていれば、中身がトランプだろうが数独だろうが、親の財布の紐を緩めさせる魔法の言葉だった。

このソフトの最大の特徴は、カセットの出っ張り(振動カートリッジ)。ゲームボーイ本体からボコッと突き出したその異形なフォルムに、未来のテクノロジーを感じていた。

単4電池1本で震える快感。今のスマホのスマートなバイブレーションでは、あの『物理的な震え』は再現できない。

ポケモンスタジアム2

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/64-ps2/

前作『スタジアム』のリストラ騒動を経て、満を持して登場した『ポケモンスタジアム2』。
「進化した3Dグラフィックで、ド迫力のガチバトルを!」というメーカー側の熱いメッセージを、私は完全に無視した。

なぜなら、このソフトの真の本体は全9種のミニゲームだったからだ。

ベロリンガの回転寿司で皿を奪い合い、ピッピのゆびふりきょうしつで記憶力勝負をする。そこには、世界の頂点を目指すポケモントレーナーとしての矜持など1ミリも存在しない。

もはや『ポケモンを戦わせるゲーム』ではなく、『ポケモンたちを借り出しては、ひたすら食わせ、走らせ、踊らせるためのゲームセンター』として、私のゲーム機は稼働していた。

カセットを差し込んだ瞬間のワクワクは、バトルの戦術を練るためではなく、「次こそは『サンドのいどほりきょうそう』でボタン連打力を見せつけてやる」という、斜め上の闘志に捧げられていた。

ポケットモンスター 金/銀

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/gbc-gs/

ある日、勉強机の引き出しを開けると『ポケットモンスター 金』が入っていた。
親からのサプライズ。私がポケモンジャンキーであることは、とっくに当局(親)にマークされていたらしい。

この作品は、私の中で永遠のレジェンドだ。

まずは、全プレイヤーの心に深い爪痕を残した「アカネのミルタンク」という名のトラウマ。
私のマグマラシが、慈悲なき「ころがる」の餌食になり、何度画面を暗転させたことか。あの牛の蹄の音は、今でも悪夢のBGMとして再生される。

どさくさに紛れて、預けていた貯金を「勝手に」使って勝手に巨大なカビゴンのぬいぐるみを買ってくる母親の凶行にも、幼い私はリアルな資産管理の難しさを学んだ。

また、ウバメの森の祠を調べまくればセレビィが出るという「ワザップ的なデマ」に、文字通り三日三晩翻弄されたのも、今では愛おしい思い出だ。

そして、四天王を倒した後に現れる「第2の冒険」、カントー地方。あのBGMが流れた瞬間の鳥肌と、まだ冒険は終わらないんだという喜びと感動は今でも私の細胞が覚えている。

しかし、再会したカントーは、私の知る姿ではなかった。

憧れのお姉さんだったカスミが謎の男とデートしている現場を押さえ、淡い恋心は粉砕。 かつてジムバッジを賭けて熱いバトルを繰り広げたグレン島は噴火で壊滅し、憩いの場だったサファリパークは経営難(?)で封鎖されている。

当時の私は知る由もなかったが、このカントー地方の惨状は、「ゲームボーイカラーの限界という名の、神(開発者)によるリストラ」の結果だったのだ。
限られたデータ容量というキャンバスに無理やり2つの地方を詰め込んだ結果、カントーの思い出たちは無残にも削られ、圧縮され、あるいは溶岩の下に埋められたのである。

物語の終着点、シロガネヤマ。
吹雪の吹き荒れる山頂で、言葉を発さず、ただ立ち尽くす最強の敵「レッド」。
彼を倒した瞬間に流れるエンディングと、どこか寂しげなBGM。
あの日感じたのは、勝利の喜びよりも「本当の冒険が終わってしまった」という、胸に穴が開くような喪失感だった。

この頃、父親にホウオウのイラストを描いてもらった。
模写だったがあまりに上手だったので、私はそれを学校へ持ち込み、「自分が描いた」と世紀の大嘘をついたのだ。
当然、クラスメイトから「じゃあ今ここで再現してみろよ」と鋭いナイフ(鉛筆)を突きつけられ、1ミリも描けないまま、地獄のような沈黙の中で授業開始のチャイムを待った。
あの時ほど、チャイムの音を聖母の救済だと思ったことはない。

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/tv_movie/movie/1999/

私の中で、ポケモン映画ランキング不動の第2位に君臨するのが『ルギア爆誕』だ。

この作品の真の主役は、伝説の鳥ポケモンたちでも、ましてやサトシでもない。

ロケット団である。

普段はピカチュウを強奪することしか頭にない彼らが、「世界が滅びちゃ、悪事もできねぇ」というあまりに筋の通った、そしてあまりに熱すぎる理由でサトシに手を貸す。あのベタすぎる「昨日の敵は今日の友」展開に、当時の私はポップコーンを握りしめたまま、まんまと心を射抜かれた。

特に、物語の後半。 サトシをルギアに乗せて送り出す際、自分たちが足手まといになると悟った彼らが「主役を立たせるために、自ら身を引く」シーン。 あの泥臭くも粋な去り際は、後の私の人生における『引き際の美学』の教科書になったとか、なっていないとか。

これは2019年版のデザイン

ルギア爆誕のパンフレットに付属していた古代ミュウのカードが非常に懐かしい。

当時はこのカードのミステリアスな雰囲気に魅力を感じ、宝物のように大切にしていた。今ではエラー版や修正版などいろいろ合わせると6種類くらい存在し、物によっては10万円前後の値がついているらしい。

残念ながら私の手元からはすでに消失している。

出典:OFFモール

懐かしさMAXシリーズ第2弾、『ちびポケハウス』。

ネットの海でこの姿を再認した瞬間、脳内の記憶回路がショートし、懐かしすぎて本気で三途の川が見えかけた。

手前の緑のつまみを左右にガチャガチャ動かすと、連動して小舟が進み、水面(という名のプラスチック)からディグダやコイキングが勢いよく飛び出してくる。
今のVRやARが束になってもかなわない、「指先から伝わるアナログな生命の鼓動」がそこにはあった。

さらに、このシリーズの恐ろしいところはその拡張性だ。

出典:メルカリ販売ページ

森、海、山、空……と無限に広がるラインナップ。それらを専用のジョイントパーツで連結させ、自分だけの「カントー地方」を自室の畳の上に築き上げるのが、当時の私にとっての国家事業だった。

あの小さなプラスチックの塊の中に、私たちは確かにポケモンの「息遣い」を感じていたのだ。 今、あの緑のつまみをもう一度動かせるなら、私は当時の純粋な心を取り戻せるのだろうか。

ポケモンでパネポン

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/gbc-panepon/

ルールは至ってシンプル。同じ絵柄のパネルを3つ並べて消すだけだ。 しかし、画面がパネルで埋め尽くされゲームオーバーが近づいたとき、私の指先は「思考」を放棄し「野生」へと回帰する。

脳内を空っぽにして、カーソルを光速で動かし、親の仇のようにボタンを連打。画面上で奇跡的に「8連鎖!」なんて文字が踊り、偶然の産物である大逆転劇に酔いしれていたその時、背後から親の一言が突き刺さった。

「……それ、ちゃんとわかってて動かしてるの?」

一瞬、時が止まった。
頭の中では「いや、自分でも何が起きてるかサッパリです」という真実が喉まで出かかっていた。

だが、ここで「運です」と認めることは、パズルゲーマーとしての死を意味する。 私はコンマ1秒のラグもなく、ドヤ顔でこう言い放った。

「……そうだよ(すべて計算通りだ)」

あの日、私は人生で初めて、自分の中に「虚勢」という名の個体値がMAXであることに気づいたのだ。

ポケットモンスター クリスタル

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/gbc-panepon/

金銀のマイナーチェンジ版として登場した『クリスタルバージョン』。 確かにプレイした。パッケージのスイクンは神々しかったし、シリーズで初めて女の子の主人公が選べるようになった歴史的一作だ。

……はずなのだが、正直に言おう。 私の記憶は、野生のスイクンのように草むらから草むらへと走り去り、そのまま地平線の彼方へと消えてしまった。

断片的に残っているのは、ゲームの内容よりも「物質としての輝き」である。 あのカセット、スケルトン仕様の青いボディにラメがふんだんに散りばめられていて、持っているだけで周囲の子供たちから一目置かれる「選ばれし者」感が凄まじかった。

もはや私にとって、あれはゲームソフトというより、手に持つだけでステータスが上がる「伝説のアイテム」だったのだ。内容を覚えていないのは、きっとカセットの眩しさに私の脳が焼き切られてしまったからに違いない。

ポケモンスタジアム金銀

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/other/64-psgs/

前作で「ミニゲームの味」を占めてしまった私にとって、『ポケモンスタジアム金銀』はもはや対戦ゲームではなく、究極のバラエティ番組だった。

『ラッキーのタマゴだいさくせん』では空から降ってくるタマゴを必死に受け止め、『ドンファンのぐるぐるレース』では泥まみれになりながら外周を爆走する。 そこには、タイプ相性や厳選といった殺伐とした概念は存在しない。ただひたすらに、可愛いポケモンたちと戯れる「平穏な日常」があるだけだった。

最強を目指す修羅の道を捨て、愛するポケモンたちをひたすら遊ばせ続けた、究極の平和主義者の末路がここにある。

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/tv_movie/movie/2001/

森の守り神セレビィ。あの可愛らしい存在が、物語後半でシワシワのドライフルーツのようになって動かなくなるシーンは、幼少期の私に深刻なトラウマを植え付けた。

あの絶望的な状況を前に、私は命の尊さという高尚な教訓よりも、『老い』と『乾燥』に対する根源的な恐怖を骨の髄まで叩き込まれた。あの衝撃から数十年が経った今でも、食卓に並ぶ「シワの多い梅干し」を見るたびに、私の脳裏にはあの絶望のセレビィがフラッシュバックする。

セレビィ、君が教えてくれたのは、時を超えるロマンではなく「保湿の重要性」だったのかもしれない。

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/tv_movie/movie/2002/

私の中で、ポケモン映画のヒエラルキーの頂点に君臨し続けるのが『水の都の護神』。

ヴェネツィアを彷彿とさせる街並み、神がかったBGM、そして何よりラストシーンのあの甘酸っぱさ。
あの少女はカノンだったのか、それともラティアスだったのか。そんな野暮な考察で数時間は酒が飲める(当時は麦茶だったが)。

今でも、路地裏に差し込む光や水のせせらぎを感じるたびに、私の心はあのアルトマーレの運河へとタイムスリップしてしまう。
あの日、私たちはポケモンの世界に、「言葉を超えた愛」があることを知ったのだ。

ポケットモンスター ルビー・サファイア

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/gba/rs/

ゲームボーイアドバンスという「次世代」の扉を開けた『ルビー・サファイア』。この作品もまた、私の人生に消えない「執念」と「勘違い」を刻み込んでくれた。

ホウエン地方の旅。ミズゴロウを相棒に選んだ私は、橋の下で待ち構えるライバル(ジュプトル)の圧倒的な攻撃力を前に、「レベル上げこそ正義」という脳筋理論すら通用しない絶望を味わった。

奴は四天王より強かった。今でもそう信じている。

無心で「かざんばい」を集めるために灰の積もる草むらで一筆書きに挑戦し、金に困れば各地のインタビュアーを「プロ失格」と言わんばかりにボコボコにして小銭を稼ぐ日々。

そして、当時は「効果抜群じゃないと死なない」というヌケニンこそが、この世を統べる最強の存在だと信じて疑わなかった私。
その慢心は、のちに砂嵐や毒状態であっけなく散るヌケニンの姿によって、見事に粉砕されることになる。

さらに、点字の暗号ギミック。小学生には難解すぎて、もはやポケモンではなく「古代文明の解読」を強いられている気分だった。

私のクリエイティビティが爆発したのが「ひみつきち」作りだ。 「この木は日当たりが良い」「この洞窟は立地が最高だ」と、不動産業者も顔負けの視点で各地に「ひみつのちから」を叩き込む。間取りやアイテムの配置を凝りすぎて、気がつけば冒険に出ることなく1日が終了することもしばしばだった。

そして、私の人生における数少ない「勝利の記録」として燦然と輝くのが、幕張メッセでの「むげんのチケット」争奪戦だ。

先着5000名の壁。行列の最中、「配布終了らしいぞ」という不穏なデマが風のように流れ、周囲の人間たちが次々と戦線を離脱していった。 だが、私は諦めなかった。「せっかく幕張まで来たんだ、他のブースで試供品でも貰って帰ってやる」という貧乏性が功を奏し、並び続けた結果……なんとチケットを勝ち取ったのである。 「情報に踊らされず、己の足を信じる者が報われる」。この世の真理を、私は幕張で学んだ。

ポケモンピンボール ルビー&サファイア

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/gba/rs/

ピンボール界の続編。前作ほど熱中しなかったのは、私が少し大人になってしまったからか。あるいは、あまりにシビアなボールさばきを要求される難易度に、私のガラスのメンタルが耐えきれなかったからか。
今となっては、タマザラシを転がしてボーナスを狙った記憶も、どこか遠い霧の向こうだ。


一番の思い出は、ゲームの内容ではなく、地元のフリーマーケットにこれを出品した際のエピソード。私にとってこのソフトはポケモンを捕まえるゲームではなく、自分の思い出を商品棚に並べるという、人生初の『断捨離』と『商売』を経験させてくれた、実務教育用ソフトである。

ポケットモンスター エメラルド

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/gba/rs/

『ルビー・サファイア』の興奮も冷めやらぬ中、エメラルド色の輝きを放って登場した決定版。
正直なところ、ストーリーの骨組みは大きく変わっていない。しかし当時の私にとって、ポケモンの新作を買うことはもはや選択肢ではなく、逃れられない「マイルール」であり「義務」と化していた。

「勤労」「教育」「納税」「ポケモン」である。

この作品の最大の思い出は、ゲームの中ではなく「発売前日」の路上にある。
ソフトの予約を忘れるという痛恨のミスを犯し、半狂乱で親を説得。連れて行ってもらったのは、あの懐かしき尖った屋根のおもちゃ屋さん、「ハローマック」だった。

ダメ元で店内に飛び込むと、なんとすでに在庫があるらしい。「明日発売だよね?」という疑問を飲み込み、店員さんが「いいよ、特別だよ」と差し出してくれたあの1本。
発売日にクラスメートが店へ走る中、自分だけは一足先にホウエン地方へ旅立っている。あの背徳感すら混じった「フライングゲット」の高揚感は、今でも私の胸を熱くさせる。

内容面での目玉は、シリーズ屈指のやり込み施設「バトルフロンティア」だ。 今なお廃人級のトレーナーたちが日夜研究を重ねるこの戦場に、カジュアル勢の私も果敢に挑んだ。……が、結果は惨敗。 どうにかこうにかバトルドームの金、アリーナの銀、チューブの金をもぎ取るのが限界だった。

「残りのシンボル? ……ああ、あれは伝説のトレーナーたちに譲ってやったんだよ」 そう、パネポンで培った「虚勢」という名の個体値を再び発動させ、私は静かにフロンティアを後にしたのである。

ポケットモンスター ダイヤモンド/パール

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/ds/dp/

当時のキッズたちを熱狂(と絶望)の渦に叩き落としたのが、「なぞのばしょ」という名のバグマップである。 四天王の部屋の扉に向かって「なみのり」を仕掛けるという、物理法則を無視した暴挙。それを突破した先に広がるのは、BGMすら消え失せた漆黒の暗黒世界。

私もまた、ネットの掲示板や口コミで広まった不確かな座標を頼りに、その暗黒空間へと漕ぎ出した。
画面上に表示される謎の歩数を数えながら、「この闇の先に、まだ見ぬ伝説のポケモンがいる」と信じて疑わなかった。それはもはや冒険ではなく、「世界の裏側のバグ」を突く、デジタルな密猟者の姿だった。

だが、神の領域に土足で踏み込み伝説ポケモンを乱獲した報いは、あまりに突然、そして残酷に訪れる。 「歩数を数え間違える」「曲がる場所をミスる」……そんな些細なエラー1つで、キャラクターは暗黒の虚無から抜け出せなくなり、一歩も動けなくなる。

そう、「詰み」である。

真っ暗な画面の中で、私の相棒も、これまでの思い出も、すべてが永遠に漂流することになった瞬間。 私は、禁断の力に手を出した代償として、人生で初めて「取り返しのつかない喪失」という重すぎる哲学を、DSの小さな画面越しに学んだのである。

また、この時期に、誕生日にポケモンセンターに行くと、ピカチュウのバースデーカードと特殊なヒトカゲが配布されるというイベントが実施されていた。

当時、配布ポケモンに目がくらんだ私は、期待に胸を膨らませて聖地・ポケモンセンターのカウンターへと向かった。 だが、そこで待っていたのは、予想だにしない「公開処刑」という名のセレブレーションだった。

意を決して「今日、誕生日なんです」と伝えた瞬間。カウンター内にいた3人ほどのお姉さんたちが、まるで精密に組まれたプログラムのように、突如として全力のバースデーソングを歌い始めたのだ。

静かな店内に響き渡る合唱。周囲の視線が、一斉に私という一点に集中する。 あまりの恥ずかしさに視線のやり場に困ってただただうつむくしかなかった。 ふと顔を上げると、全力で歌ってくれているお姉さん方もまた、顔を真っ赤に染めながら、鋼の意志でこの「仕事」を全うしていた。

祝われる側も、祝う側も、等しく限界以上の精神的ダメージを負っていた。
あの日、あのカウンター、間違いなく「全員が被害者」だった。

ポケットモンスター ハートゴールド/ソウルシルバー

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/game/ds/hgss/

『ダイヤモンド』のバグで思い出が虚無へと消え去り、「もうポケモンも卒業かな」……なんて、生意気にも大人びたフリをしていた時期があった。
だが、その決意は一瞬で瓦解する。あの「伝説の金銀」がリメイクされるという一報が届いたからだ。気づけば私は、秒速で予約ボタンを叩いていた。

この作品には「ポケウォーカー」という歩数計が付属しており、私はかつての情熱を取り戻したかのように、それを肌身離さず持ち歩いた。

しかし、このリメイク作で、私は本当の意味で一線を越えてしまった。 手を出してしまったのだ。「個体値・努力値・厳選」という名の禁断の果実に。

最強の1匹を追い求めた結果、たどり着いたのは、理想の数値を求めて同じ作業を何百回、何千回と繰り返す「終わりのない工場勤務」だった。ポケモンが愛すべき生物ではなく「変数の塊」に見えた瞬間、私の情熱は急速に零下へと向かった。

画面に映るタマゴの孵化を無機質に見つめながら、「これ、一体何の修行だ?」と自問自答する日々。 純粋な「愛」が、冷徹な「効率」という名の怪物に食い殺された日。 私のポケモントレーナーとしての冒険は、この数字の羅列の中に、静かに埋葬されたのである。

乱戦!ポケモンスクランブル

出典:ポケモン公式サイト https://www.pokemon.co.jp/special/pokemonscramble/

私のポケモン史において、ひとつの時代の終焉を飾ったのは、意外にもこの異色作だった。Wiiウェア専用ソフト、『乱戦!ポケモンスクランブル』である。

果たして今、このタイトルの名前を聞いてピンとくる人がどれほどいるだろうか。
当時の任天堂Wiiの「ショッピングチャンネル」という、今や懐かしの電子の海でのみ入手できたダウンロード専用ソフト。本編のような育成や戦略とは無縁の、ネジを巻かれたおもちゃのポケモンたちが画面いっぱいに暴れ回るアクションゲームだ。

ステージに降り立ち、ボタン連打で敵をなぎ倒し、たまにポロッと仲間が増える。 その究極にシンプルな「わちゃわちゃ感」に、かつて厳選という名の工場勤務で疲れ果てていた私の心は、見事に癒やされてしまった。 集めたおもちゃの軍団を引き連れて挑むバトルロイヤルのカオスぶりは、まさに「大人の泥臭い戦い」を忘れさせてくれる至福の時間。

実は、専用の攻略本まで買い込むほどにやり込んでいた。 ふと思い出すと、あの無心でボタンを叩いていた感触が蘇り、猛烈に再プレイしたくなる。だが、それを実現するには、押し入れの奥底に眠るWiiの重い筐体を、絡まり合ったケーブルの樹海から救い出さなければならない。

それはそれで、今の私にとっては「バトルロイヤル」並みにハードなミッションである。 結局、あのわちゃわちゃした思い出は、Wiiの白い本体の中に封印されたまま、私の記憶の特等席に鎮座し続けているのだ。

こうして振り返ってみると、私は自分が思っていた以上にポケモンと共に生きてきたらしい。

今のポケモンは、もはや広大なオープンワールドを自由に駆け巡り、ポケモンの名前は6文字へと拡張され、そして物語の象徴だったサトシまでもが、ついにその長い旅路に終止符を打ったという。

技術の進歩は、あの日私たちが目を細めて見つめたドット絵を、ノスタルジーという名の遠い過去へと追いやってしまった。
けれど、今の私なら、トランセル相手に「かたくなる」の泥仕合を演じて詰むこともないだろう。

社会現象を巻き起こした『Pokémon GO』や、今や空前のブームとなっている「ポケカ」には、不思議と触れる機会がなかった。もしこれらが、私の「ポケモン熱」が最高潮だったあの頃に発表されていたら……。間違いなく、生活のすべてを投げ打ってでも没頭し、今頃は立派な廃人(あるいは伝説のコレクター)になっていたに違いない。

そして訪れる、ポケモン30周年。 「もう一度、冒険に出てもいいのかもしれない」 そんな思いが、胸の奥で静かに、けれど確かに熱を帯び始めている。

……まぁ、肝心の「Switch2」が、まだ私の手元には存在しないのだが。

どうやら、私の新しい旅の始まりは、ハードウェアの供給という「現実世界のジムリーダー」を突破するところからスタートするらしい。

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